キャバ嬢の転職!キャバ嬢を辞めて六本木のクラブで働く選択肢

キャバ嬢という職業は、ある程度若くないとできないお仕事ですので、いつかは引退を考えなくてはいけません。
自分では「まだまだやれるはず」と考えていても、目に見えて売上が落ちてきてしまうタイミングは必ずやってきます。私もそうしたタイミングに気づく機会がありました。

ですがある程度長く夜のお仕事を続けることができた子のほとんどは、「今から昼職なんて考えられない」という思いが湧いてくると思います。
夜の世界の水が肌に合ってしまった子や、ナイトワークにやりがいを感じ、必死に働いてきた子であればなおさらです。
キャバクラでのお仕事を引退する場合、キャバ嬢には2つの進路があります。

1つは昼職への転職や、結婚をしてナイトワークから足を洗う道。
もう1つは、クラブに移りホステスとしてナイトワーク業界に関わり続ける道です。私は後者を選び、キャバ嬢時代と同じ六本木エリアのクラブでホステスになりました。

銀座だけではなく六本木にもクラブはある

みなさんなぜか「高級クラブは銀座」というイメージがあるようです。実際に私が六本木のクラブに勤めていた時期に、お仕事の悩みを友人に打ち明けてみたことがあります。
話を聞いてくれた友人から返ってきたリアクションは、「クラブって六本木にもあったんだ…」というものでした。

その友人もキャバ嬢として働いていたのですが、「現役のナイトワーカーでも六本木にキャバクラがあることを知らない人がいるんだなぁ」と、とても驚いた記憶があります。
知名度が高い銀座のクラブで働くのもアリですが、今回は六本木のクラブについてなるべく詳細にお伝えてしていくつもりです。
キャバ嬢を引退した後、自分が進む道を選ぶときに参考になるような記事になればと思います。

今も残る六本木の高級クラブは伝統が違う

六本木の高級クラブの歴史は古く、その元祖は瀬里奈グループの「瑾鵾花(キンコンカ)」が元祖といわれています。
1968年(昭和43年)に誕生した、銀座のミニクラブがそのルーツです。10年後に当たる1978年(昭和53年)に六本木に移転し、現在のキンコンカがオープンしました。

2018年となる今年は、オープンから数えてちょうど50年。六本木に移転してから数えても、40年という長い歴史を持つお店です。
それだけ長く営業を続けているだけあって、キンコンカにはたくさんの逸話があります。
例えば「初めてガールズバーを立ち上げたのはキンコンカだ」というお話や、「同伴システムはキンコンカが考案した」というお話まであるのです。日本のナイトワーク産業の基礎をつくったお店といってもいいかもしれません。

夜の仕事を続けたいならキャバ嬢からホステスへ転職しよう

冒頭でもお話しした通り、キャバ嬢として活躍できる期間はとても短いです。
最近は熟女キャバクラの流行などもあり、昔よりは現役のキャバ嬢として働ける期間は長くなりましたが、全盛期ほどの売上を上げることはできません。
ナイトワークで生活を支えてきた自負のある子にとって、売上は自分のプライドと同じイコールです。

ですので私は、キャバ嬢としての旬が完全に過ぎ去る前に、ホステスに転職することをオススメします。
キャバ嬢としての経験を100%活かし、さらに売上を上げていくためには、キャバクラからクラブへステップアップする以外の方法がないからです。
ホステスにとって、若さや容姿は大きな武器にはなりません。

それよりも気遣いやトーク力、知性といった、内面的な人間力の方がよっぽど重要です。
人によっては、キャバ嬢時代の何倍も稼げるようになります。
容姿を磨くことには限界がありますが、人間力はいくつになっても伸ばし続けることができるのです。

歳をとってきたらクラブのママになるという選択肢も

ホステスに転身後、キャリアを積み重ね、引退が近づいてきても心配することはありません。
さらにステップアップして、クラブのママになるという道があるからです。
しかしママになるためには相応の努力が必要になります。

ホステスとしての仕事と、他のホステスのマネジメントやお店の経営に関しても担当しなければいけないからです。
また自分が現役時代に貯めたお金を元手に、独立するという形でママになることもできますし、出資したいという方がおられれば雇われママとして働くこともできます。
どちらの道を選ぶにしても、自分のお金をしっかりと確保しながらママを目指しましょう。ナイトワーク業界の人間にとっては、お金こそが命です。

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